舞の道
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top >> 大相撲用語集 >> か行
>>外国出身力士
 外国籍の人間が入門することに関して、もともと制限は無かったのですが、急激に増えたのとトラブルが起こったのをきっかけに一時期は入門を一切断っていました。平成10年の理事会で「1部屋2人まで。全体で40人以内。」という制限がつきました。その後平成13年の理事会で「1部屋1人まで。全体での人数制限は無し。」というルールが設けられ現在に至っています。現在外国出身力士が複数いる部屋(高砂部屋の朝青龍と朝赤龍など)はその制限が設けられる前に入門しているためこのルールは適用されません。また既に外国出身力士がいる部屋はその力士が引退するまで新たに外国出身力士をとることは出来ません。
 一見差別をしているように思うかもしれませんが、若い弟子は自分達の稽古の他に部屋の雑用(炊事洗濯、掃除、関取の風呂の世話など)もたくさん行います。関取になるまでの間、国籍や年齢に関係なく全員がこなすのです。部屋の運営を円滑にするには同じ国籍の人だけで固まって日本での生活に溶け込まない状況を作ってはいけません。だからこそ敢えて1部屋1人までというルールを設けたのです。相撲界に限らずどの世界も伝統を守りながら新しい血をいれ尚且つ発展させると言うのは難しいものです。ある程度制限を設けなくてはいけないのは仕方ありません。語学留学に行ったが大学の寮は日本人だらけで結局語学が見に着かなかったなんて失敗談を聞いた事があるでしょう?そうならないための対策なのです。
 外国人は体が大きくて力も強いので簡単に上がってくるから有利だ。それが怖くて制限をしてるのだろうとお思いの方も居るかもしれませんので付け加えておきます。幕下以下の力士を良く見てください。人一倍大きな体の外国出身力士でもなかなか番付が上がらず苦労している子がいます。強くなれずに諦めて早々に帰国してしまった子もいます。全員が全員幕内に上がって成功しているわけではありません。日本人でも全く同じです。でも全員が平等に土俵で戦っているのです。外国人=有利という図式が必ずしも当てはまらないのです。1人1部屋というルールも決しておかしなものではないと分っていただければ幸いです。

>>腕(かいな)を返す

差した手を親指の方へひねり、ひじを張ること。
こうすれば相手に巻き替えられにくくなり攻撃力が増す。同意語=差し手を返す。


>>顔触れ言上(かおぶれごんじょう)

幕内力士、及び横綱土俵入りの後立行司又は三役行司が次の日の幕内取り組みを土俵上で観客に披露する儀式。「はばかりながら、明日の取組を御披露つかまつります。」と挨拶した後、相撲字で半紙に書かれた取り組みを立行司が読み上げ、その半紙を呼び出しが四方に座る観客に見えるように持って土俵上を一周します。この半紙を準備するのも行司の仕事です。 ただし、土俵上の進行がおしてる場合は削除されます。
そもそも取組を記入する和紙のことを顔触れと呼んでいるそうです。コウゾが原料の西の内という種類の和紙で、塗って墨がにじまないようドウサという液体が塗られています。


>>方屋(かたや)

力士が控える東西のこと。天皇は北に座すのが決まりでした。天覧相撲を行う時、そこから見て左右の東西から力士が出てくるのが望ましいと考えたのが始まり。だから南北に力士の控えが配置されることはありません。因みに現在の東西南北は方位磁石で調べたものではありません。会場を設営する際にそのデザインに合わせて正面を決めることになっています。正面の北さえ確定できればあとは自動的に決まっていきますからね。


>>かちあげる

立ち合いの時、肘をアルファベットの「L」の字のように曲げて胸の高さへ出したまま体ごとぶつかり相手の体を起こすこと。


>>勝ち越し

本場所において白星が黒星を上回る成績を修めること。
十両以上は15番取るので8勝以上。幕下以下は7番取るので4勝以上。→負け越し


>>勝ち越し奨励金

本場所で勝ち越した力士が貰えるボーナスのようなもの。1点勝ち越すごとに序ノ口、序二段=3500円、、三段目=4500円、幕下=6000円 4勝3敗なら1点の勝ち越しなのでこの値段。5勝2敗なら3点の勝ち越しなのでこの金額×3。幕下以下は給料は出ませんが出場手当てや奨励金など細々とお金がもらえる仕組みになっています。


>>勝ち残り
十両と幕内の最後から数えて2番目の取組で勝った力士が土俵下に残り、最後の一番を見守ること。土俵下の控えは審判を挟んで2席ありますが、どちらも空いてしまうのは見た目がよろしくないと言う事で残ることになっています。また、 負けた力士も残ります。→負け残り

>>角界

相撲界の俗称。もともと中国では武術の力比べを「角力」と言い、それが日本に伝わり「すもう」と読ませていたのが始まりとされています。大正15年に「東京大角力協会」から「日本相撲協会」と改称されて以降、「相撲」という表記を使うようになったそうです。


>>角番(かどばん)

その場所で負け越したら大関から陥落する立場にあること。大関に対してのみ使われる言葉。もともと大関は2場所連続して負け越すと関脇に陥落するというルールがあります。(横綱は陥落無し。関脇以下は一場所ごとの成績で番付が上下する。)
例えば1月場所で負け越したら次の3月場所でその大関は角番と呼ばれます。3月場所で勝ち越せば大関のままでいられますが、負け越した場合(怪我などによる休場も含まれる)5月場所で関脇に陥落します。ただし、ここで10勝を上げれば7月場所で大関に復帰できます。10勝できなかったら大関には戻れません。8勝や9勝なら普通に勝ち越しとして関脇維持。7勝以下の負け越しなら成績に応じて小結以下に番付が下がります。


>>かばい手

二人の力士ががっぷり四つに組んだまま土俵際へ進んでそのまま重ね餅になって倒れた時、下になった力士(負けまいと踏ん張ってる方)が地面に落ちるより先に、上になった力士の手が先に土俵に付いた状態のこと。相手がすでに相撲を取れる大勢を失っている「死に体」であるため「生き体」の上になった力士が先に手を付いても勝ちになります。下になった力士をかばい衝撃を和らげる為に思わず出てしまう動作であるからです。→つき手


>>神送りの儀式
手打ち式の後に土俵祭で土俵に迎えた神様を天に帰す為、神に見立てた人物(優勝力士が所属する一門の親方や行司など)を胴上げする儀式のことです。2004年5月場所で約30年ぶりに復活しました。 誰を胴上げするかは場所ごとに選ぶので毎回違います。

>>カレンダー

相撲協会が毎年作成する1年分のカレンダー。集合写真、本場所中の厳しい表情などいろいろな写真が入っていて楽しめます。


>>監察委員会

「相撲競技監察委員会」が正式名称。本場所での、故意による無気力相撲を防止するため監察し発見した場合には懲罰を加えるために設置されました。昭和47年3月から。


>>勧進元

巡業相撲の興行主。巡業はプロのイベント企画会社だけでなく後援会に入ってる地方の大事業主が請け負うことが多いです。一時期は自主興行といって間に人を挟まず相撲協会だけで巡業の運営もやっていましたが如何せん営業のプロではないので失敗。今は勧進元を募る形で巡業を続けています。


>>閂(かんぬき)
両上手から相手の腕を抱え肘を極める。背が高くて腕の長い力士がよくやる技。技の1つであって決まり手ではありません。ガッチリ極まると簡単に腕を抜くことが出来ません。無理に抜こうとするとかえって怪我をしてしまいます。

>>柝

呼び出しが使う拍子木。主に桜の木を材料にしています。


>>北野天満宮

京都市内の神社。25年に一度、3月の下旬(春場所後)に奉納土表入りをするそうです。


>>木戸口

チケットをもぎる会場の入り口。芝居小屋の入り口をそう呼んだことからこちらの世界でも同じ呼び方を使うようになったらしいです。本場所では元力士の世話人や親方がもぎる係として迎えてくれます。かつての贔屓力士に出会えるチャンスだったりもします(笑)
因みに親方達は胸に名札をつけてるので見た目が変わってしまってても誰なのか確認できます。


>>基本給金
力士褒賞金支給標準額」が正式名称。持ち給金ともいいます。勝ち越すと金額が上がります。負け越した場合は下がりません。月給とは別に場所ごとに支給される給金のもとになるものです。実際に払われるのは十両以上のお関取のみ。→力士報奨金

>>決まり手
土俵上で繰り出される技の名前。勝負を決める技。一般的に四十八手と言われますが、実際は82個あります。以下のように分かれます。
・基本技→突き出し、突き倒し、押し出し、押し倒し、寄り切り、寄り倒し、浴びせ倒し
・投げ手→上手投げ、下手投げ、小手投げ、掬い投げ(すくいなげ)、上手出し投げ、
       下手出し投げ、腰投げ、首投げ、一本背負い、二丁投げ、櫓投げ(やぐらなげ)、
       掛け投げ、掴み投げ

・掛け手→内掛け、外掛け、ちょん掛け、切り返し、河津掛け(かわづがけ)、蹴返し(けかえし)、
       蹴手繰り(けたぐり)、三所攻め(みところぜめ)、渡し込み、二枚蹴り、小股掬い、
       外小股、大股、褄取り、小褄取り、足取り、裾取り、裾払い

・反り手→居反り、撞木反り(しゅもくぞり)、掛け反り、たすき反り、外たすき反り、伝え反り
・捻り手→突き落とし、巻き落とし、とったり、逆とったり(さかとったり)、肩透かし、外無双、
       内無双、ずぶねり、上手捻り、下手捻り、網打ち、鯖折り、波離間投げ(はりまなげ)
       大逆手、腕捻り(かいなひねり)、合掌捻り、徳利投げ、首捻り、小手捻り

・特殊技→突き落とし、引っ掛け、叩き込み、素首落とし、吊り出し、送り吊り出し、吊り落とし、
       送り吊り落とし、送り出し、送り倒し、送り投げ、送り掛け、送り引き落とし、割り出し
       うっちゃり、極め出し、極め倒し、後ろもたれ、呼び戻し

・非技(勝負結果)→勇み足、腰砕け、つき手、つき膝、踏み出し

相撲協会のサイト内と、大井章寛作品展内に詳細な説明があります。

>>着物
番付によって身につけられるものに制限があります。
序ノ口、序二段−浴衣のみ。三段目−着物、羽織。幕下−着物、羽織、外套、マフラー。
十両以上−着物、羽織、外套、紋付、羽織、袴。
本場所場所入りの時、裾に四股名が染め抜かれた着物を着ている関取がいますが、これは幕内のみの特権だそうです。→履物

>>給金相撲
勝ち越しのかかった一番を差して言います。→基本給金

>>給金直し
勝ち越しを決めること。持ち給金が上がることからこう言うようになったそうです。

>>給料
関取の給料はは月給制です。横綱から十両まで番付ごとに金額が違います。日本相撲協会寄附行為施行細則第8章給与第77条にこのような記述があります。『各本場所の開催月より、各本場所の番付の階級により支給する。』例えば貴方が幕下の力士だとします。1月場所で好成績をあげ、番付編成会議で3月場所は十両に昇進することが決まりました。化粧回しなどの準備があるため早めに連絡がきますが2月はまだ給料は入りません。十両として四股名が番付に載る3月から給料が貰えるのです。そして残念ながら3月場所を負け越したとします。幕下降格が決定的でも、まだ番付上は十両なので4月分の給料が貰えるのです。

>>協会ご挨拶
本場所の初日に土俵上で協会理事長が役力士を従えてお客様へする挨拶。

>>行司
要するに、レフェリーとか審判みたいなもの。力士の間に立ち、両者の呼吸を合わせ、相撲が始まったら「ハッケヨイ」「ノコッタ」など声をかけて盛り立てます。勝負が決まったら速やかに勝った力士の側の方屋を軍配で指します。同体に見えた場合でも、必ずどちらかの方屋を指さなくてはなりません。ただし、物言いがついた時はその話し合いに参加・発言する権限は無し。審判員達の話が終わるのを待ちます。水入りにより取り直しとなったら力士の廻しの取り方や足の位置をしっかりと覚えて再開の時混乱しないようにする務めもあります。

また、この裁き以外にも仕事がたくさん待っています。
・番付の作成(相撲字と言われる独特な文字を書く)
・本場所がつつがなく行われるよう祈りを捧げる「土俵祭り」での祭主役
・場内アナウンス(土俵入りの時の力士紹介、取組後の決まり手と勝った力士の紹介)
・事務(自分が所属する部屋の経理、巡業の準備など親方の補佐)
・取り組み編成(審判室で本場所の取組を決める会議の時の書記。)などなど・・・・。

行司のランクは以下の通りです。
・立行司(木村庄之助・式守伊之助の2人) ・三役行司 ・幕内行司
・十枚目行司(十両) ・幕下行司 ・三段目行司 ・序二段行司 ・序ノ口行司の8段階です。
本場所と巡業ごとに、審判部長・副部長・巡業部長・指導普及部長・監事により成績評価が行われます。評価の基準については明らかではないようです。立行司は成績評価の対象外(但し襲名後2年以内の伊之助を除く)。昇降は退職等の事例を除いて年1回。毎年九月場所後の理事会で詮衡。採用後3年間は見習い、その間に序ノ口行司に任ぜられるそうです。

行司のランクは着ている装束で見分けることが出来ます。
立行司・木村庄之助は紫房、式守伊之助は紫白房。以下、三役格は朱房、幕内格は紅白房、十両格は青白房、幕下格以下が青房か黒房。

左から立行司・幕内格・十両格・幕下格

また、立行司だけは短刀を持って土俵に上がります。これは、「差し違えた時に切腹して責任を取る覚悟を持っている」という気持ちを表現したもの。実際にこれで切腹した行司はいまだいません。

>>行司溜まり
向こう上面の土俵下。行司がそこで出番を待ちます。

>>行司会
行司で構成されている会。プロ野球でいう選手会と同様の会。行司の地位向上の為、行司生活の向上の為会合を開いて相撲協会へ提言することが主な役割です。本場所の各段優勝者へ賞金を出します。

>>行司の昇進
本場所、巡業ごとに成績評価を行います。審判部長、副部長、巡業部長、指導普及部長、監事らの手で考課表を作成します。9月場所後の理事会にそれらを提出して話し合い、次年度の番付編成を行います。行司の昇進は年1度と決められています。

>>禁じ手
反則技。以下のことをやったら即負けです。
1.握り拳で殴ること。
2.相手の髪の毛を故意に掴むこと。
3.目、又はみぞおちなどの急所を突くこと。
4.両耳を両手で同時に張り手すること。
5.前立褌をつかんだり、また、横から指を入れて引くこと。
6.のどをつかむこと。
7.胸やお腹を蹴ること。
8.指を掴んで折り曲げること。

>>金星
平幕力士が横綱を倒したときの勝ち星。本場所ごとに支給される力士褒賞金に臨時昇給があり、「金10円なり」ということからついた言葉です。横綱休場による不戦勝は除きます。また、横綱が禁じ手により負けになった場合も相手力士の勝ち星が金星に認定されることはありません。

>>銀星
横綱の次の位である大関を平幕力士が倒すこと。現在では殆ど使われなくなりました。

>>黒星
本場所の取り組みで負けること。星取表に記載される負けの印。反対語=白星

>>軍配
行司が手に持っている団扇みたいな物。軍配の持ち方が、木村家と式守家で違うと言われていますが古い言い伝えが残っているだけで詳しくは私も良く知りません・・・。

>>稽古廻し
雲斎木綿か帆木綿でできた物を使います。幕下以下は黒、十両以上は白の廻しです。ただし、幕下以下の力士はこれ一本しか貰えないので本場所でも同じ廻しをつけて相撲を取らなくてはなりません。

>>警蹕(けいひつ)
天皇の出御や貴人の通行の時に「シー」と言って周囲に注意を促し、道中の邪気を追い払うため紐を振り回すという先払いの仕事が由来です。十両・幕内・横綱土俵入りで行司が行います。

>>化粧廻し
十両以上の力士が土表入りのときに付ける廻し。幅68センチ、長さは力士の体格によって違いますが6メートル前後。最初に白いふんどしを締め、その上から縦に六つ折にした化粧回しを巻きます。撒き方は普通の回しと同じやり方です。刺繍が入った豪華な部分はこの生地の先端部分です。着物の帯のように長い一本の布なんです。ここをエプロンのように前に垂らします。その先端についている房のような物(1)は馬簾(ばれん)と呼び、約100本ぶら下がっています。廻しの贈呈主の名前の上下を横七宝と呼ばれる金糸の縁取り(2)で挟み込みます。生地の両脇の飾りは縦七宝(3)と言います。
部屋や力士の後援会、出身大学や高校、そして出身の自治体などたくさんの人がプレゼントしてくれます。個人でプレゼントすることも可能だそうです。

>>下駄
序ノ口、序二段が履くもの。

>>ケンカ四つ
対戦する二人の力士の得意の差し手が反対であること。または互いに差した状態。反対語=相四つ

>>健康診断
初場所後と夏巡業後の年に2回、国技館で行われます。1回目は身長、体重、心電図に血液検査など。2回目は身長と体重のみ。また、12月にはインフルエンザの予防接種も行っています。マニアはこんな日でも国技館へ行って力士に会おうとするらしい(笑)

>>剣が峰
もともとは富士山頂の噴火口周辺にこと言います。相撲界では土俵の俵の一番高い所。そこに足がかかりもう後が無い状態。

>>懸賞金
 取組に勝った幕内力士が貰える賞金。平安時代に布、米、馬などの賞品を贈ったのが始まり。昭和20年代以降は米、味噌など生活必需品が中心でしたが、昭和35年9月場所より現在の形となりました。
 一口6万円の内訳は、広告幕製作・場内放送料に5千円、年末の税金調整用の協会預かりに2万5千円、そして残りの3万円を力士がもらえます。懸賞を掛けた取り組みが力士の休場などで行われない場合、不戦勝の関取は懸賞金を貰うことは出来ません。宙に浮いた懸賞金は、同じ日の別の取り組みか別の日の取り組みに回されます。

>>後援会
所謂ファンクラブ。関取の後援会と部屋ごとの後援会も存在します。部屋によって異なりますが、大体は番付表の配布、四股名や部屋の名前が入った反物の販売、本場所千秋楽後の打ち上げパーティなど各種イベントへの参加などがあるそうです。

>>公傷
 次の本場所への出場ができないのが確実となるくらいの怪我を本場所の取組中にしてしまうこと。本場所の土俵上での怪我に限られます。稽古、巡業など花相撲での怪我は含まれません。審判委員の現認証明書と医師の診断書をもとに公傷委員(2名)と審判部長、副部長が協議をして決めます。公傷が認められた時、次の場所を全休しても番付が下がることはありません。一場所に限り有効です。例えば、ある力士が3月場所5日目で五連勝をあげたが怪我をしてしまい休場、怪我が重い為すぐ公傷認定されたとします。残り10日間全て休場したので負け越し扱いとなり、次の5月場所では番付が下がることが確定します。5月場所全休しても公傷認定されているので番付は下がりません。7月場所も同じ地位で番付に四股名が載り、相撲を取ることが出来るのです。
2004年初場所から廃止になりました。

>>国技館
 1月、5月、9月場所が行われる会場。最初からここで行われていたわけではありません。もともと本場所は回向院(えこういん)で行われていました。ですが屋外運営の為雨の日は順延。天気に左右されず興行するために明治42年6月、「大相撲常設館」を回向院の中に建設したのが一番最初です。収容人員1万6千人のこの建物は、本場所以外にもいろいろな催し物に使用されたそうです。
  何故国技館と呼ばれるようになったかというと、相撲好きの作家・江見水陰(えみすいいん)の起草した文の中に「相撲は日本の国技なり」という一文があったことに着目し、命名されることとなったそうです。この国技館は第二次世界大戦後、進駐軍に接収、更に大学へ売却されました。昭和25年1月場所から蔵前国技館へ移動。こちらは収容人1万1千人。第2次世界大戦中、飛行機の格納庫に使われていたのを改築したのだそうです。そして昭和49年に就任した春日野理事長(栃錦)の働きかけにより、昭和60年1月に両国国技館が完成。現在に至るということです。収容人員は1万1098人。総工費は150億円にもなるとか。
  この国技館はとてもハイテクなんです。火災発生の時にはあの緑色の屋根が開き煙を外に逃がすことが出来るそうです。この屋根にはソーラーシステムがついているので太陽熱を利用して暖房や給湯を使用しています。更に、その屋根で雨水を約1000トン貯めることができます。この水は水洗トイレや冷房器具の冷却水に使用しているだけでなく、緊急時に浄化装置を使って飲料水にすることも可能です。3万人が3日間使えるだけの飲料水を確保できるそうです。
  また、「トリビアの泉」という番組で紹介されたのでご存知の方も多いと思いますが、国技館の地下には本場所で販売している焼き鳥を作る工場があります。場所ごとにアルバイトを雇って作ってます。

>>御前掛かり(ごぜんがかり)
天覧相撲の時の土表入りのやり方。普段行っている、土俵上で円陣を組むやり方では天皇にお尻を向けてしまい失礼に当たるのでこのやり方で力士のお披露目をします。→「土俵作法」の天覧相撲についてのページをご覧下さい。

>>ごっつぁん
「ごちそうさま」の訛った言い方。物を貰ったり、借りたりする時先輩におごってもらう時などにも使います。

>>小結
関脇の次の位。結びの少し前に登場するからこの呼び方になったと言われています。

>>御免祝(ごめんいわい)
本場所の開催が認められたことを報告する集まり。 今はマスコミ関係者を招いて本場所前後の日程を発表することになっています。馬は跳ね上がる、鳥は取り込むという縁起をかついで午か酉の日に開催することになっています。

>>蒙御免(ごめんこうむる)
番付表の一番上中央に書かれている言葉。江戸時代に行われた勧進相撲の名残。興行するお許しを得たという意味。

>>是より三役
千秋楽の最後の三番の取り組みを指します。大関、関脇、小結同士の対戦が基本となりますが、休場により東西の三役が足りない時は小結や前頭筆頭の力士が繰り上げられます。逆に多い場合は、大関から数えて3番目の力士までが参加します。例えば東西合わせて大関が2人、関脇が3人、小結が3人いるとします。千秋楽では大関同士が大戦しなくてはいけないのでまず大関同士の一番が組まれます。続いて関脇同士が一番。残りの関脇と小結で一番。これで計三番の取組が是より三役として行われ、残りの小結は普通に相撲を取ります。三役力士ですが普通の相撲として扱われます。 小結びに適う相撲に勝つと矢、関脇に適う相撲に勝つと弦、大関に適う相撲に勝つと弓が与えられます。事の起こりについては諸説ありますが、戦国時代のあたりから勝者に褒美として弓や扇を授けていたこという記述があるそうです。

>>こんぱち
いわゆる「でこピン」。入門してからずっと伸ばしていた髪で初めてチョンマゲが結えた時に兄弟子のもとへ報告に行きます。そこでこんぱちを入れてもらい、ご祝儀を貰うのです。
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