舞の道
元小結・舞の海と大相撲のサイト。勿論アンオフィシャル
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>>1996年
場所 番付 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 成績
1月 前頭15 09勝6敗

 場所前は右足首が痛んであまり稽古が出来ませんでした。そのためか、場所中の疲労の度合いが
 いつもより濃かったようです。朝寝坊して起きたら朝稽古が終わってたなんて日もあったとか。
++6日目++
 肥後ノ海との対戦。肥後ノ海の突っ張りをかわして右上手。左で肥後ノ海の顔を抑えるとそのまま
ぐるぐる4回転。肥後ノ海が廻しから手を離したすきに舞の海が足取りから押し倒して勝利。
「クルクル舞の海」と名付けられたこの技は、大学の同期で同じ相撲部だった友人と考えたものだそうです。

場所 番付 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 成績
3月 前頭06 06勝9敗

 

場所 番付 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 成績
5月 前頭09 07勝8敗

 ++7日目++
久しぶりに「クルクル舞の海」。でも春日富士にあまり影響が無かった模様で互いに頭を付け合った格好で
止まってしまいます。最後はタイミングを計ってうまく左を差した舞の海が寄り切り。
  ++中日++
巨漢・小錦と対戦。8度目の取組でもう立会いのアイディアが出尽くしたと語る舞の海は左からの張り差しに。
小錦の脇から回り込んで後ろにつくと素早く送り出し。
実は的が大きいので作戦の考え甲斐があったそうです。

場所 番付 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 成績
7月 前頭11 02勝1敗

 ++2日目++
小錦との取り組みにて、「左膝内側側副靭帯損傷」したため翌日から途中休場。
猫だましから前褌を取った舞の海。小錦は上手を取って寄り立てます。舞の海が苦し紛れに左から
下手捻りを打つと自分の左足に小錦が倒れこんできたのです。小錦が手を前に出して庇おうとしたのですが
274キロの大きな体です。庇いきれるはずがありません。取組には勝ちましたが自力で歩くことができず
すぐ病院へ。検査の結果、膝の靭帯が部分的に切れてることが判明。
番付が下なこともあって本人は這ってでも出るときかなかったのですが、3日目の朝になっても動けず
(当たり前だよ・・・・・)初土俵以来初となる休場を決意。東京へ戻り、同愛記念病院(力士御用達)に入院。
7月末にどう病院を退院後、伊豆の逓信病院にてリハビリに専念しました。リハビリの様子を一度だけ
ドキュメント番組で見たのですが、脚に負荷をかけるトレーニングでの痛みに耐えようと歪む顔が
今でも記憶に残っています。

場所 番付 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 成績
9月 十両04 00全休00

 9月から廻しをつけて稽古をすることができるようになりました。といっても軽い調整程度でした。
同愛病院への通院は欠かすことなく、本場所をテレビで見る余裕も無かったと言います。10月に入ってやっと
膝にガードをつけた状態ですが若い衆に胸を出せるようになりました。部屋の関取衆と稽古を始めた
のは11月。九州入りしてからのことです。

場所 番付 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 成績
11月 十両04 08勝7敗

当時は公傷制度があったため9月場所を全休しても番付はそのまま。幕内に比較的近い地位での復活の場所。
相撲勘が鈍っていて幕下陥落も覚悟していたという舞の海は初日の智乃花戦で鮮やかな切り返しで白星。
2日目から3連敗するも5日目から調子を上げて4連勝。 最悪でも4勝できれば十両に残れる計算でしたが
終わってみれば8勝7敗の勝ち越し。 学生相撲から鳴り物入りでやってきた出島を破るなどそれなりに
巧者ぶりを見せてくれたのでした。

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